私にとってシドニーは、オーストラリアで初めて腰を下ろした特別な場所。
8歳になったばかりの息子の小さな手を引き、ただ「夢を叶えたい」という想いだけを胸に、この地へ降り立った。
「無謀だ」「とんでもない夢の計画だ」と、たくさんの声を浴びた。
それでも私の気持ちは揺るがなかった。
行かなければ、きっとまた後悔する。今しかない。
次のチャンスは二度と巡ってこない、そう信じていた。
まだインターネットの普及していない時代。私は特殊なエージェントに出会い、息子の学校探しまで助けてもらった。高い教科書代を支払いながらも、その縁があったからこそ、私たちの人生の流れは大きく動き出した。いまでも感謝の気持ちでいっぱいだ。
ある日。
息子が学校帰りにいつもの広大な芝生の公園を通り抜けると、突然靴と靴下を脱ぎ捨て、
「わーーーーー!」と両手を広げて走り出した。
その瞬間、私は涙が止まらなかった。
青空に向かって両手を伸ばし、走り抜ける小さな背中。
大きな空に吸い込まれていくようで、光に包まれたその姿には、まるで天使の羽が見えた。
時間が止まったような感覚のなかで、ただ一言、心に浮かんだ。
来てよかった。
この留学は、私が息子に教える旅ではなく、息子が私に多くを気づかせてくれる旅になるのだと思った。
育児 = 育自。
やがて私たちは「親子留学」の先駆けとなり、後に私はオーストラリアで留学エージェントの仕事を始めた。
夢や希望を胸に、まだ見ぬ国へ踏み出す人々が安心して新しい文化を体験できるように。
シドニーで暮らし、その空気を吸ってこそ分かる学びを、一人でも多くの人に届けたいと願った。
1年だけのつもりだった滞在は、気づけば5年の時間が経っていた。
シドニーは、私と息子にとって人生の基盤を築くかけがえのない場所となった。


