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Kurkku Fields Forever 最終日

Kurkku Fields Forever 最終日

鳥のさえずりで目が覚める。
出先ではあまり眠れないのだけれど、今朝は不思議なほど深く眠れた。
決して五つ星ホテルのふかふかベッドではない。
それでも、ちょうどいい室温とたまらない静けさに包まれて、
灼熱の太陽の下で過ごした昨日が嘘のように、清々しい朝を迎えることができた。

台風の影響で崩れるはずだった天気は、見事な快晴。
薄いカーテンの向こうから差し込む光が、
“おはよう”とやさしく頬を撫でた。

朝食は8時。
敷地内のレストランに入ると、昨晩のBBQで出会った東北からの女性が手を振ってくれた。
大きな窓のそばの特等席に座っていた彼女は、
「もう食べ終わったから」と笑顔で席を譲ってくれた。

焼きたてのクロワッサンは、バターが香る豊かな味わい。
日本に戻ってから食べた中で一番おいしいと思った。
朝摘みの野菜の蒸しせいろ、
そして私好みの薄味のおひたしなどがトレーいっぱいに並ぶ。
光を透かした葉の色が、どれも瑞々しく輝いていた。

Diningレストランの壁一面に広がる浅井裕介氏の壮大なアート。 この土地の土と湧水で描かれた「泥絵」には、小さな隠し絵も潜んでいます。 圧巻の世界の中で“アートの意味”を探すひとときも、ここならではの楽しみです。浅井裕介氏の壮大なアートがここで見ることができる

 

この日は朝一番で、ハーブガーデンのツアーが待っていた。

Edible Herb Garden
もともとは荒れた土地で、土も削られ、作物を作るには最悪の環境だったという。
それを何年もかけて手作業で石を積み、土を入れ、耕し、
ようやくハーブが根づく場所に生まれ変わった。

朝のやわらかな風が吹くたび、
バジルの甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。
蝶や蜂が蜜を求めて舞い、
バッタが洋服にとまり離れようとしない。
子どものころ、自然がまだそばにあった時代を思い出す。



  
 草間彌生のミラールームの前で、自分の姿に見入ったまま動かない白鷺


セミが鳴かなくなったこの夏、

蜂が姿を消し、庭で花や作物が育ちにくくなった。
カナブンやカエルも見かけなくなった。
農薬のせいで、無農薬の畑のそばで蜂が大量に死んでしまう現実もある。
おたまじゃくしが足を出す瞬間や、ザリガニを探す楽しみも、もう遠い記憶になった。

この場所に立つと、そんな記憶がやさしく蘇る。
水がどこから来て、野菜がどこで育ち、
季節がどんなリズムでめぐっているのか。
日本の四季が薄れていく中で、私たちはどう生きていくのだろう。
次の世代に何を残し、どうつなげていけるのだろう。

ここには、その問いに触れるためのヒントがある。
見ること、感じること、考えて、そして手を動かしてみたくなる。
そんな原点のような場所。

 

帰り際、千葉のローカル酒蔵でつくられた日本酒を二本買った。
「水が違えば、味も変わる。」
そんな当たり前のことが、今日は心にしみる。

意識が変われば、ほんの少しずつでも、世界は変わっていく。
そう信じて、二日間お世話になったスタッフの方々にお礼を伝える。
今朝摘んだハーブを車に積み込み、出発のエンジンをかけると、
まるで晴れ女に別れを告げるように、雨が降り出した。




帰りの東京湾アクアブリッジでは、強い風が車を揺らした。
両手でハンドルをしっかり握りながら、
“また季節を変えて戻ってきたい”と心の中でつぶやいた。



淺井裕介(1981年・東京生まれ)。
身近な素材で、旅のドローイングから巨大壁画まで自在に描くアーティスト。
植物・動物・人・そのハイブリッドが密集する、生態系のような世界観が特徴。
ここKurkku FieldsのDiningレストランの壁一面に広がる浅井裕介氏の壮大なアートが身近にみられる。この土地の土と湧水で描かれた「泥絵」には、小さな隠し絵も潜んでいます。
圧巻の世界の中で“アートの意味”を探すひとときも、ここならではの楽しみです。
https://kurkkufields.jp/art/